在宅医療情報

[2019年12月24日]

eラーンニングを終えて

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訪問看護の経験はなく、不安を抱きながら入社しました。臨床看護とは違い、在宅看護技術や社会制度の理解、多職種との関わり、家族支援の在り方など何から覚えたら良いのか、自分は何に困っているのか戸惑っていました。
入社半年経過し、eラーニングを受講させて頂きました。訪問看護の知識や技術、アセスメント、家族支援などたくさんの学びがありました。在宅では利用者様のみならず家族の支援はとても重要だと改めて感じました。
今後の業務に生かし、利用者様そのご家族様に寄り添い、より質の高いサービスの提供に努めたいと思います。

エース訪問看護ステーション朝霞
看護師 後藤三佳子

[2019年11月1日]

eラーニングを終えて

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当社には、入社半年後に公益財団法人日本訪問看護財団での訪問看護eラーニングを受講する教育システムがあります。
私は4月から5か月間勉強をしました。訪問看護歴7年ほどですが、こんなに訪問看護を深く勉強する機会はありませんでした。
今回の受講で振り返りになった部分、改めて学べた事も多くとても実りある期間でした。
この学んで得た知識を今後は他のスタッフにアウトプットしていきたいと思います。
そして質の高い看護をご利用者様やご家族様に提供させて頂き、穏やかに療養生活が送れるようお手伝いさせていただきたいと思っています。

エース訪問看護 朝霞 主任 上田 絵理

[2019年9月19日]

エース訪問看護ステーション朝霞が開業し1年がたちました。

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エース訪問看護ステーション朝霞が開業し1年がたちました。在宅医療・訪問看護を知ってもらうため宮戸元気会(6月18日)と年金組合(9月11日)で講演をさせて頂きました。
40~50人くらいの方に出席して頂き、「知らなかったことを教えてもらった」と言って頂きました。

私が1番伝えたかったことは、最期にどこで過ごしたいかを何かに書き留めてほしいこと。そして、そのために情報収集を元気なうちにしてほしいということです。講演が終わってから一人の方が老人ホームを沢山見学していると楽しそうに話をしてくれました。最期とは亡くなるための事ではなく最期の日まで自分らしく暮らすためにどうしたいかを考えて話し合ってほしいです。家族で話すのもいいと思います。夫婦やお友達同士でも良いでしょう。どうかご本人、そして家族が後悔しない最期を迎えてほしいと思います。

また10月14日、13時30分から朝霞市産業文化センターでお話しさせていただきます。時間のある方はぜひいらしてください。お待ちしております。

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R1.9.12 エース訪問看護 朝霞
所長 小菅 美和

[2018年8月17日]

朝霞駅近くに訪問看護ステーションがオープン!

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8月1日に朝霞市に2事業所目の訪問看護ステーションがオープンし、私はそちらの管理者となりました。

住所:朝霞市本町2-9-33 グリーンヒルズ佑和105 エース訪問看護ステーション朝霞です。

東上線朝霞駅から徒歩5分の場所です。歩いてくるまでに食べ物屋さん、美容室、ペットショップ、保育園などがあります。
そしてスパーが同じ一階にあります。
まだ常勤の看護師募集していますので紹介いたします。

  • ●基本給 28万~
    オンコール手当(例)月7回平日5回土日2回にて16000円
    オンコール出勤にて残業手当支給。
  • ●21日勤務(月により土日以外に平日休みあり)
  • ●有給休暇あり完全消化・表彰制度あり・退職金制度あり
  • ●車通勤可・ユニホーム支給

株式会社 エフケイ 電話 049-251-5399 採用担当係までお電話ください。

朝霞市にはエース薬局朝霞調剤センター、ドラッグエース(本町店、岡店、朝志ヶ丘店)もあります。
緊急な患者様の状態の変化による医師の処方にも訪問看護も一緒に対応していきたいと思います。
エース訪問看護ステーション新所沢同様頑張って地域貢献していきたいと思います。

エース訪問看護ステーション 朝霞 管理者 小菅 美和

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ドラックエース本町店
ドラックエース本町店

エース薬局 朝霞調剤
エース薬局 朝霞調剤

[2018年6月12日]

父の話

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今回は私の父の話をしたいと思います。
2月で一周忌を迎えました。78歳で永眠しました。
父の死亡診断書は溺死でした。
私の実家は東北の37千人の市で集落には1500人が住む高齢化率27.3%の街です。

母の話では、父は亡くなる1年位前から母が買ってあげたばかりの靴をクリニックに履いて行き間違えて帰ってきたり、買い物に行ってはお金を払うのを忘れてくるなどということがあったようです。そして田んぼに行っては脱水症状を起こし、救急車のお世話になる事も何度かありました。もちろん本人に自覚はないので母が一人でいつも怒っていると父はこぼしていました。

父の移動手段は昔から自転車でした。私が子供のころも10km位は平気で自転車で出かける人でした。が、その頃にはだいぶふらふらでしながら自転車をこいでいたようで、近所の方から危ないからやめさせてほしいと兄は言われていたそうです。しかし何度注意しても、もちろんやめるわけもなく、最後は自転車を隠してしまったようで亡くなった年のお正月に父が私に、交番に連れて行ってほしいと言いました。「どうして?」と聞くと交番に自分の自転車が置いてあるから取りに行きたいこのことでした。私は見に行き父の自転車とは色が違うみたいよと伝えるとがっかりしていました。

亡くなる4か月前に介護保険を申請しデイサービスに行くことにしました。始めはあんなところ年寄りが行くところだからと渋っていましたが行ってみるとかったようでいろいろ話をしてくれていました。認知症の薬も飲み始め多弁になっていました。

亡くなった日は8キロ離れたクリニックに行きましたがバスを待っていられず、自分で2時間かけ、帰ってきてすぐに入浴したことで心臓が止まり、救急車で30km離れた病院に搬送され死亡確認がされました。もしこれが都会だったら助かっていたのかもしれません。

でも私は父の安らかな顔を見てこれで良かったと思いました。私の子供たちもじいちゃん笑っているね。寝ているみたいだねと言いました。

色々な意見があると思います。それでいいのだと思います。人それぞれですから。

あとでケアマネジャーさんがこんな話をしてくれました。
街が渋滞している中の先頭に自転車に乗った父がいたこと、駐在さんが声をかけていてくれたこと、コンビニの店員さんがお金を払わず出で行った父を咎めず兄に請求してくれたこと。街全体で父を見守っていてくれていたのだとありがたく思いました。1年以上たっていますが思い出しながらこのコラムを泣きながら書いています。

最期どんな迎え方をしたいか考えておかなければならない、そして私はその大切さを訪問看護師として伝えていかなければならないと思っています。

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エース訪問看護ステーション 新所沢 所長 小菅 美和

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